皆さんは、思い出づくりにどれぐらい意識を向けていますか?
今回は、人にとって欠かせない「思い出(想い出)」について、各種研究、文献をもとに、思い出・記憶・記録とは何か?意味するものとは?などを紹介したいと思います。
この記事を読んで、意識的な思い出づくりをしてみませんか?
本稿では、上記の「1」について紹介しています。
- 記録とは、客観的な外部メディアによって保存される情報のこと。
- 記憶とは、自分の中に残っている過去の体験や情報のこと。
- 思い出とは、記録や記憶を手がかりにして、自分が作り出す「物語」のこと。
- 人は、多くのことを経験する10歳から30歳の出来事をよく思い出す傾向(レミニセンス・バンプ現象)がある。
- 思い出には、3つの機能(指示的機能、社会的機能、自己機能)がある。
- 思い出による精神的な治療方法が確立されている。
思い出とは? ~想い出・記憶・記録とは?意味~
思い出を求める現代人
「思い出(想い出)とは、何か?」について触れる前に、今の日本人の価値観について紹介したいと思います。
昔は、モノづくりニッポンと言われていたように、大量にモノを作って、大量に消費し、また、新しい便利なモノを所有し、モノに溢れた生活をする。いわゆる「モノ消費」文化でした。
今の日本は、体験や心を満たすことを優先する「コト消費」、あるいは、フェスやイベントのように、その日、その時、その場所でしか味わえない「トキ消費」文化に、変化しています。
これは、つまり、「カタチある モノ」ではなく「ココロに残る 思い出」に価値を見出しているということになります。
たしかに、昔よりもストレスを感じやすい現代の社会では、「思い出」に浸り「思い出」を語り、それによって心を癒やす。というのが非常に重要となっていると感じます。
思い出とは何か?
そもそも、思い出(想い出)とは何なんでしょうか?
「過去の”記憶”を思い出すこと」「思い出は写真そのもの」など、色々な意見があると思います。
「思い出」に関して研究する、成城大学の野島久雄教授は、「記録」「記憶」「思い出」に区分して、次のとおり定義しています。
※参考文献:「思い出づくりを考える(野島久雄)」
- 『記録』
客観的な外部メディアによって保存される情報。
写真やビデオ、新聞記事、雑誌、インターネットなどに掲載することで定着された情報。
異なる人が見ても同じものとして認識できる。 - 『記憶』
自分の中に残っている過去の体験や情報。
同じ体験をした人々の間でも同じ記憶があることは保証されない。 - 『思い出』
記録や記憶を手がかりにして、自分が作り出す「物語」。
つまり、思い出とは、過去に記録された写真そのものでもなければ、過去の記憶そのものでもありません。
思い出は、事実であるかどうかは関係なく、記録と記憶を手がかりに、現在の自分が作り出した「物語」のことです。
極端な言い方をすると、今日作り出した「思い出」と、明日作り出す「思い出」は、元となる体験・記憶が同じであっても、全く同じ「思い出」ではなく、思い出す際の心境や、その場の状況などによって、色々な物語に変化し、「思い出」も変わってきます。
「思い出」は、思い出すその時々によって、新たな意味づけを行い、組み立て直しているということです。
写真で記録に残す
ここでは、思い出(想い出)づくりに重要となる「記録」について、紹介したいと思います。
皆さんは、どんな時に写真を撮り、どんなものを写真に収めていますか?
まずは、写真を撮るタイミングについて
立命館大学の研究者である荒川歩さんの「人はなぜ写真を撮り、そして見るのか?」の研究結果では、一般的に、撮影するタイミングは、「思い出欲求」、「ハプニング(現実戯画化)欲求」に分けられるとされています。
- 「思い出欲求」は、遊びや旅行に行ったときや、同窓会・成人式といったイベントのときに「楽しいから残しておきたい」という欲求です。
- 「ハプニング欲求」は、日常生活で心が動く場面(切り取りたい場面、誇張・主張したい場面)を写真に残すという欲求で、人と会話する際のネタ集めの役割もあると考えられます。
そして、写真を撮る理由について
最も多い理由は「忘れないために残しておきたいから」であり、その他に「撮ること自体が楽しいから」「その瞬間の貴重さ」という理由もあるとされています。
以上のように、写真を撮ることは、「思い出欲求」として記録に残すもので、将来、思い出を呼び起こす際の、手がかりとする行為であり、思い出づくりには欠かせません。
一方で、最近、爆発的に発達しているSNSにおいて、少し心配する問題もあります。
記録に残すことは、思い出づくりにとって重要な作業ですが、それ以上に大切なのが、リアルな気持ちをしっかり心に留め、記憶に残すことです。
SNSは、撮ること、そして映えることが優先され、記憶よりも記録が主体になっている面もあります。
また、デジタル化社会によって、手軽に写真が撮れる一方で、情報過多な状態となっており、どこに何を保存したか、たくさんデータがあって見る気がしないことも多くなっています。
思い出のための写真をいっぱい撮るあまり、その写真に埋もれ、思い出も埋もれ、最後には、思い出すこともできなくなる。という事態が起きている可能性があります。
思い出づくりには、写真の整理整頓も、大切な作業だということがわかります。
自分の記憶に残す
思い出(想い出)を呼び起こすためには、自分の頭に ”記憶すること” が不可欠です。
人の記憶には、「エピソード記憶」と「意味記憶」の2つがあります。
- エピソード記憶とは、ある特定の場所、時間に起きた「出来事の記憶」であり、いつ、どこで、誰が、何をしたかという記憶でもあります。
また、主観的な記憶であり、事実と異なる場合もあります。
(キーワード:非言語的、主観的、直接的、感覚的、感情的) - 意味記憶とは、勉強や学習で身につける知識や知恵のことで、社会の中で一般化されている「知識の記憶」のことです。
(キーワード:言語的、客観的、間接的、論理的)
意味記憶よりもエピソード記憶の方が、感情が伴っている分、心への意味付けが深く刻まれるため、長期間、頭の中に記憶されると言われています。
思い出を呼び起こすときは、エピソード記憶が使われており、出来事の記憶を手がかりに思い出を作り出しています。
エピソード記憶でも、過去のすべての出来事を覚えているわけではなく、一般的には、人格形成期の記憶である10歳から30歳の頃の出来事をよく思い出すと言われています。
この現象は、「レミニセンス・バンプ」と呼ばれ、この時期は、さまざまな驚きや新しいことを経験し、多くの初体験をするため、より感情的に記憶に残りやすいというものです。
思い出の機能 ~想い出・記憶・記録とは?意味~
思い出(想い出)について考える上で、最も大切なのが、過去の記憶に関する特徴・機能を知ることです。
ここでは、自分が生きたこれまでの歴史の記憶と言われる「自伝的記憶」の機能を通して、思い出について考えていきたいと思います。
「自伝的記憶」は、自分のこれまでの経験や体験、出来事に関する記憶です。
この「自伝的記憶」には次の3つの機能・役割があるとされています。
指示的機能(方向付け機能)
指示的機能は、過去の記憶が、現在そして将来の行動指針を決める重要な判断材料になるという機能を意味します。
過去の記憶や経験を思い出すことによって、自分は何を大切にしているのか、これからどんな生き方をすればよいのか等の価値観、人生観を見い出すことができ、問題解決の糸口や、将来の進むべき道の根拠になります。
もし、アナタが困難に直面した場合、自分の心に、落ち着いて問いかけることができれば、過去の思い出の中に、最善な答えが見つかるかもしれません。
社会的機能
社会的機能は、社会との関わりにおいて重要なもので、他人とのコミュニケーションを豊かにし、信頼関係の構築といった役割があります。
自分の思い出や記憶を自己提示し、他人に共有することによって、他人との親密さが増し、良好な人間関係を作ることができます。
思い出や記憶の共有には、自分の知識、知恵などの役立つ情報の共有や、エンターテインメント的な”すべらない話”など相手を楽しませる話題も含まれており、会話によるコミュニケーション全般をいいます。
また、家庭内の親子関係においても、社会的機能が働いており、過去の出来事が、親と子の共通する記憶であるからこそ、親子の意思疎通が図れ、子どもの自己肯定感の向上に繋がっていると言えます。
ちなみに、家族の思い出の代表である「家族旅行」において、社団法人日本旅行業協会の調査では、成人するまでに20回以上、平均して年に1回以上、家族旅行したことがある人は、大人になると「我慢強い」「思いやりがある」「協調性がある」「社交的である」など、コミュニケーションや気配りが上手い特徴を有する。という調査結果が示されています。
自己機能
自己機能は、自分が何者なのか、自分らしさとは何かなど、過去の出来事(記憶)の蓄積によって、現在の自己を形成する役割を指しています。
これまで歩んだ歴史を記憶することで、自己の連続性・一貫性が生まれ、自己同一性(アイデンティティ)が形成されています。
また、過去と現在の自分を対比させ、自分がどれだけ成長したか実感することもできます。
この自己機能は、思い出(想い出)にとって、もっとも重要であるとされています。
思い出による治療法 ~想い出・記憶・記録とは?意味~
思い出(想い出)によって精神的な治療を行うことができます。
この方法は、回想療法(回想法)と言われ、米国の精神科医であるロバート・バトラーが1963年に、高齢者を対象とした心理療法として提唱したものです。
高齢者が、過去の思い出を想起することで、脳が刺激され、精神状態が安定すると言われています。
認知症治療の第一人者である遠藤英俊医師の研究では、記憶力や注意力が改善することや、認知機能の衰えの予防が期待されること、そして、高齢者の心理的安定を高めることが報告されています。
この回想法には、写真を使うことが有効だと言われています。
※参考文献:「写真でみせる回想法(志村ゆず、鈴木正典ほか)」
また、人は歳をとれば、徐々に身体や能力が衰え、消極的な気分になってしまいがちです。
そのため、高齢者の介護で、もっとも大切と言われるのが、自己肯定感を高めることです。
高齢者の自己肯定感を高めるためには、自分の過去の記憶や経験、思い出を呼び起こし、アイデンティティを再認識することが必要です。
幼児期健忘 ~想い出・記憶・記録とは?意味~
幼児期健忘という言葉は、ご存知ですか?
上述の「自分の記憶に残す」の項で紹介しました「レミニセンス・バンプ」のグラフでは、10歳までの出来事が、あまり思い出せないという結果を示しています。
もっと正確に言えば、幼児期健忘の時期は、四歳の頃までと言われています。
この理由は一説によると、言語発達と関係しているとされ、幼児の頃は、体験を話す言語がないため、記憶に定着しづらいからと考えられています。
幼児期の記憶は、六歳以降の学童期の記憶に比べ、記憶期限が短くなると言われています。
しかし、もし、親が幼児期の子どもに、思い出(想い出)を話し聞かせていれば、子どもも忘れないとも言われています。
参考文献:「海馬を求めて潜水を~作家と神経心理学姉妹の記憶をめぐる冒険~」(ヒルデ・オストビー&イルヴァ・オストビー作)