自分の思い通りに物事が上手く進めば、少しぐらい自慢したい気分になるものだ。
しかし、この感情が発展すれば、マウント取り になってしまうだろう。
自慢は、慢心という気持ちから表れる行動である。
日々の生活において、この慢心の気持ちを上手くコントロールしながら生きていかなければならない。
そこで、本稿では、『愛妻家(私)の思考』として、妻の「慢心・自惚れ」について考えたいと思う。
なお、不満については、別記事「【愛妻家の思考】不満とは?妻が不満を感じていたら?」で考えてみた。
自分の妻や夫を自分の思うように変えようなどと思ってはいけません。
ジョセフ・マーフィー(宗教家)
その試みは愚かです。そんなことができると思ってはなりません。
人は自分で変わろうと思わないかぎり、変わることなどできはしないのです。
慢心・自惚れとは? ~愛妻家の思考~
愛妻家として妻の慢心を早急に対処しなければならないが、まずは感情そのものについて考えたいと思う。
まず、『慢心』という言葉の意味について考えたい。
慢
慢心の「慢」は、「怠慢」のなまけるの意、「緩慢」の気をゆるめるの意である。
『慢心』は、気持ちが高ぶり自己陶酔している感情で、物事を正しく直視できていない状態をいう。
『慢心』は”心”を示すものであり、『自慢』は”行為”を示すものである。
自慢は、慢心な気持ちが元となり、他人に対して得意げな言動を行うことをいう。
似た言葉に『自惚れ』がある。
自慢する感情と自分自身に惚れる感情の違いぐらいで、ほとんど同じ意味で使われている。
また『自負』も似たような言葉であるが、
『自負』は、自分の能力を頼みにし、自分自身を背負い責任を負うという意があり、どちらかと言えば『自信』という言葉に近いと思う。
一方『慢心』の対義語はというと『謙虚』にあたる。
相手に謙り(へりくだり)、素直に聞き入れる気持ちである。
以上、『慢心(自惚れ)』『自負』『自信』『謙虚』について大雑把に述べたが、それぞれの言葉の意味をもう少し詳しく捉えてみよう。
『慢心(自惚れ)』
過去の自分の能力や実績に満足し驕り、過去に生きる人である。
物事を当事者としてしっかり直視できておらず、自分の世界の中で生きるため、自発性に欠け、対外的な責任を負う様子がない。
『自負』
過去の能力や実績を誇り、それを頼みにする。これまでの自分が何をしてきたかに重きを置いている。
また、過去の自分を信じ、責任を負うことができる。
自負という言葉は、自分の魅力を売り込む場合によく使用される。
『自信』
自分の将来の可能性を信じ、物事に対して積極的に取り組み、責任ある行動ができる。
『謙虚』
自分が謙る(へりくだる)ことで物事を素直に受け入れ、前向きに考えることができる。
しかし、謙虚は自分を前面に出さない感情であり、積極性に欠け、気力・やる気が見受けられない一面もある。
「虚」の字には、さまざまな意味があり、うわべだけ・嘘という意味もある。
例えば、「この成果は、私ではなく、〇〇さんが頑張ったからです」「このたび、結婚することになりました」「皆様にはご負担をおかけすることになります」などは、謙虚な言葉遣いと言えるが、どこか他人事のように聞こえてしまう。
2番と3番目の事例では、自分で決めたことを伝えているにもかかわらず、自分の意志とは関係なく、そうなってしまった。という意味が含まれている。
以上を踏まえると、
”過去”にこだわる『慢心』の感情を改善するためには、『謙虚』の気持ちだけでは不十分で、”未来”に向かうチカラ『自信』(積極性)が必要ということである。
愛妻家(夫)がすべきこと ~妻の慢心~
さて、妻の慢心であるが、これまで妻に対して「慢心してるなぁ」と感じたことは一度もない。
どちらかと言えば控えめな性格であるため、「慢心」についてはそこまで心配していない。
ただ、慢心は内なる心の動きであり、表面に出ていないだけかもしれない。
長い人生において、少しは慢心することもあるだろう。
もし、妻が慢心してしまった場合、まず、その気持ちの良い面を理解することから始めたいと思う。
自分のことを自慢できるということは、過去の実績や能力に価値を見出していることになる。
これは、自己肯定感が高く、自分自身を認めることができているおり、非常に良いことだ。
皮肉な性格よりも、よっほど良いと思う。
ただし、実際よりも過度に自己評価をしてはいけない。
わざわざ「過度」と書いたのは、「多少」はご愛嬌というところだ。
慢心という状態を超え、他人への迷惑やトラブルなどの事態に発展しないようにしなければならない。
適量な自己肯定感と適正な自己評価を保つためには、定期的な自己点検が必要だと思う。
いわゆる「内省」だ。
現実に起こった事実を通して、自分の考えや行動を省みることで、自分自身を見直し、改善することができる。
そして、もう一点気をつけるべきことは、過去の栄光ばかりを気に留め、過去に生きるような人間にはならないことである。
未来をより明るくするためには、自分には何ができるのか、どんな可能性があるのかを考え、自分を信じ行動することが重要である。
つまり「自信」が最も大切ということだ。
シェイクスピアの「慢心は、人間の最大の敵だ」を引用すれば、
「自信(自分の可能性を信じること)は、人間の最良な見方であり、最大の味方だ」
愛妻家の私自身も、妻のこれからの可能性を信じ、そばで支え、前向きに生きていきたい。
今の気持ちを忘れないためにココに綴る
愛妻家(愛saika)
参考文献:
「感情」の解剖図鑑(認知科学者 苫米地英人)
感情の哲学入門講義(哲学博士 源河亨)
6月7日校長通信(南アルプス市立小笠原小学校)
「~ことにする」と「~ことになる」(ブロードメディア株式会社)